黒木棹の補修③ ~拭き漆を施す

今日もオタクな話、前記事「黒木棹の補修② ~割れを埋める」からの続きです。

すっかり間が開いてしまって申し訳ありません。拭き漆の工程をご紹介するのに写真を探していたんですが、、、すみません、ほとんど写真がなかったんです。
それもそのはず、考えてみれば塗りの工程で写真を撮る余裕はありません。手袋をした手で両手はふさがっていて、できるだけ埃を立てないように最新の注意を払い、拭いた後は慎重に素早くムロに収納しなければいけません。

ということで、写真がないため解りにくい部分もあるかもしれませんが、どうかご理解くださいませ。

拭き漆とは

黒や朱など一般的に漆器と呼ばれるものは、下地、中塗り、上塗りといった工程を経て、漆を幾重も塗り重ねるいわゆる「漆塗り」の技法によるものです。
一方で、木地に透けた生漆を塗っては布で拭き取る作業を繰り返して、木目を 生かして仕上げる技法を「拭き漆(ふきうるし)」(摺り漆とも)といいます。

最初の段階では生漆を薄めて摺り込むように木地に塗り、木の細かい導管を埋めて木地に漆を吸わせて木地を強くしていきます。強くした木地の上に本番の拭き漆を施していきます。

拭き漆は漆塗り仕上げの中では最も基本的でかつ簡単な塗り方の1つですが、素材自体の持つ美しさを充分に引き出すことのできる日本古来の漆仕上げ方法といわれています。

拭き漆の準備

1)漆室の準備

前回の記事でご紹介したように、漆を硬化させるには湿度と温度が必要になります。この硬化環境を保つために漆室(ウルシムロ、または単に”ムロ”)が必要になります。硬化の途中で埃が付着するのを防ぐためにも不可欠です。
一般宅で本格的な漆室を設置するのは現実的ではありませんので、簡易なもので十分です。私は段ボールを加工して自作しました。詳細は前記事「黒木棹の補修② ~割れを埋める」の”乾燥(硬化)”の項を参照してください。

2)拭き漆の道具

まずは生漆。国産と海外産(中国)があって、国産の方が高いです(1.5倍くらい)。仕上がりが違うかというと、やはり違いますね。でもコストの問題があるので、私は木地固め工程では中国産のものを、仕上げ工程の塗りは国産の漆を使っています。

漆を薄めるテレピン油。木地固め工程の塗りは漆を薄めて塗りますので、そのためのテレピン油が必要になります。使用した刷毛の手入れにもテレピンを使いますので、これも必須です。

漆を塗る刷毛も必要ですね。布を丸めてテルテル坊主状にしたもので塗る方法もありますが、私は刷毛の方が使いやすいですね。ちなみに刷毛は、漆刷毛工房ひろしげさんのチョイ塗り君を使っています。安価なのに本格的な作りで、こちらの泉清吉さんには頭が下がります。

あとは、漆を混ぜたりする器。ガラスのものが良いと思います。職人さんはガラス板の上で漆を混ぜたりしてます。

写真には写っていませんが、塗った漆をふき取るためのペーパーか布が必要です。紙の吸水性能によって、どれだけの漆の被膜層が残るかに違いが出てきます。拭き方が雑だと、吸水性が低い紙ではムラが残りやすくなります。漆の拭き取り用として販売されている紙は吸水性がないものですので、最初のうちはキッチンペーパーのように吸水性が高い方が失敗が少ないかもしれません。

3)漆かぶれ対策

漆かぶれは、漆の主成分ウルシオールによる接触性皮膚炎、アレルギー症状のひとつですね。漆が完全に乾いた後に触っても、かぶれる可能性はほとんどありません。
しかし一旦かぶれてしまうとその痒さたるや半端ではありません。漆に触れたところだけではなく、発症する場所が飛んで出てくることもあります。(背中とか下腹部とか)
ですから、漆に皮膚接触しないよう、手袋は必ず装着。揮発した成分でかぶれることもあるので、首回りなども覆っておくのがベストです。

漆かぶれで通院したとき医者に聞いた話では、もともとウルシオールへの耐性を持った人もいるらしく、1割くらいの人は大丈夫だとか。カブレる度合いも個人差があるようです。
初めて漆塗りに挑戦したとき、私は無謀にも素手で作業をしていました。もちろん素肌のあちこちに漆が付着したりして。当初はぜんぜん平気だったものですから、自分は漆の神様に選ばれた1割の人間かも?と勘違いをしてしまいました。
が、その数日後には悲劇が訪れたのです(苦笑) 手はもちろんですが、太ももやお腹にもかぶれが転移してしまいました。あの痒さは地獄ですね~

どのアレルギーもそうですが、人間は一定の許容量はあるみたいで、ちょうどコップの水に例えると解りやすいです。コップ一杯が溢れてしまうとアレルギー症状が発症してしまい、人によってコップの容量が異なるという説ですね。
私の場合、少しだけコップが大きかったようですが、けっきょく溢れてしまいました。

漆職人さんによると、そのうち克服できる、と仰います。事実、多くの漆職人さんは素手で作業してますね。でも趣味の範囲に止めておくなら、必ず手袋はして作業しましょう!

漆かぶれについて興味のある方は、弘前市医師会が行った研究があるので参照してください。>>「漆器業における”うるしかぶれ”の調査研究」

木地固め

1)木地固めとは

さて、ここから拭き漆の手順をご紹介していきます。
まずは木地固め。木材には根が吸収した水分を枝・葉に送るための管、導管が木質全体に通っています。また、木材は空気中の湿度を吸って膨らんだり縮んだりもします。これらの変化は、塗った後の硬化の途中で気泡を作ったり、表面に夏ミカンの皮のようにブツブツを作ったりと、仕上がりに影響を与えることもあります。これらの変化を抑えるため、木材にたっぷりと漆を吸い込ませて、導管を埋め固めて木地を強くしておくのです。

木地固めでは、塗って拭いて→乾かして→削る、という流れを繰り返します。漆塗りの被膜が表面には残らないため、ここでの塗りは「捨て摺り」とも言われます。

2)木地固めの手順

①まずは180番くらいのサンドペーパーで木地の表面を滑らかに研いでおきます。

②生漆とテレピン油を混ぜ合わせます。1回目の捨て摺りでは生漆と同量のテレピン油で希釈します。

③希釈した生漆を、木地全体に摺り込むように塗っていきます。※棹の心は最後まで塗りません。

④2~3分後、素地表面に漆を残さないようにきれいな布かペーパーで拭き上げます。

⑤拭きあげたら漆室に安置。温度20℃~30℃、湿度65%~80%で丸1日~2日置いて硬化させます。

①~⑤の工程を5回繰り返します。回を重ねる毎にサンドペーパーの番手を細かくしていき、表面をより滑らかにしていきます。
具体的には、捨て摺り→研ぎ(#240)→捨て摺り→研ぎ(#320)→捨て摺り→研ぎ(#400)→捨て摺り→研ぎ(#600) という順で、しっかり木地固めをしながら表面を整えていきます。

今回の場合は、前記事の「割れを埋める」工程で1回目の捨て摺りをしていることになりますので、240番手のペーパーでの研ぎから行っていきます。

拭き漆

木地固めが済んだら、本番の拭き漆工程です。

①希釈しない生漆を木地に満遍なく塗っていきます

②2~3分後にペーパーでムラなく拭きあげます

③漆室に1~2日間安置します

好みの塗り上がりになるまで①~③の工程を繰り返します。
市販の漆拭き取り用ペーパーは、あまり漆を吸収してくれませんので、被膜が厚めに残ります。その分少ない塗り回数で好みの塗り上がりになるかもしれませんが、拭き取りの際にムラが残りやすいので注意してください。
私は一般的なキッチンペーパーを使用しています。この方がムラなく拭き取れますので、失敗が少ないです。その分塗りの回数を重ねなければいけませんが、失敗してやり直しになることを考えると、手間は惜しくありません。

ちなみに今回の塗りは20回以上になりました。
「木本来の木目を残して」という拭き漆の考え方からすると邪道かもしれません。ですが、たくさんの補修痕があったので、これらを目立たなくしたいという気持ちもあって回数を重ねました。
結果、補修痕はほとんど目立たなくなり、少し褐色よりだった黒木の黒色がしっとりとした深い漆黒に仕上がってくれました。ほぼ自分好みの仕上がりと言えます。(あくまで「自分好み」ということです(笑))
傷のない棹であれば、7~8回くらいの拭き漆で杢目を残してきれいに仕上がってくれると思います。

艶上げ

このままでも十分なのですが、より艶を高めたい場合は、拭き漆の工程が終わって4~5日後に角粉(つのこ)に菜種油を混ぜて磨くと、よりきれいな光沢に仕上がります。
私はテカテカしたのが好きではないので、艶上げはしませんでした。

以上が拭き漆の工程です。

完成

塗りが仕上がりましたら、唄口の溝を整え、カラクイの穴をきれいにして組み上げます。
私は唄口の溝を整える段階で手が滑り、せっかくきれいに仕上げた表面を傷つけてしまったことがあります。もちろんやり直し(苦笑)
なので、最後まで気を抜かずに作業しましょうね!

冒頭の写真とこちらが仕上がったものです。

傷だらけだった部分(黒木棹の補修①-こんなに傷だらけだったの?)もきれいになりました。
厚塗りにならないので、角が丸まったりせず、エッジがビシッとしています。テカテカしない渋い光沢に仕上がりました。
合成塗料や新(合成)漆とは明らかに仕上がりが異なります。

以上が棹の割れを修復した経過です。
ご自身で工作するのが好きな方、参考になれば嬉しいです。

ちなみに、、三線に塗ってあるものを合成塗料であっても全て「漆」と称しているお店があります。便宜上なのでしょうけど、紛らわしいですね。
本漆を塗るのは最も簡単な方法でも上述のようにとても手間のかかるものです。15万以下の三線で本漆が塗ってあるものはないと思った方が良いでしょう。引っ掛からないでくださいね!

 

あ、あまりにも退屈で寝てしまいましたね~(^^;

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!
棹の修理の話はこれでひとまず終了です。
おそらく作業のやり方は職人さんによって異なるでしょう。とくに今回の拭き漆については完全に私の独学です。
お気づきの点がありましたら、ぜひぜひ教えてくださいますようお願いします!